0.はじめに

私は9歳の頃からハンドドリップを始めました。きっかけは家にあったコーヒーメーカーが壊れ、コーヒーが飲めなくなったからです。淹れ方は母に教わりました。なんてことない水位が下がったら注ぐの繰り返しです。茶色い樹脂製の3つ穴台型型のドリッパーに、やかん、挽かれたコーヒー粉の入った青い筒状の大きな缶。それが最初のコーヒーキットでした。毎朝父と母と私の3人分。毎朝毎朝。いつの頃からか学校から帰ってきた自分のために1杯だけ淹れる習慣もついていました。覚えているのは3杯分の時と味が著しく違い腹がたった事、間違えて常温の水で抽出していまいひどく不味かった事。それからおそらく色々な検証をしたのだと思います。高校生の時にはすっかり自在に淹れられるようになっていました。

コーヒーの「勉強」をしたのはハタチ過ぎの頃、コーヒーコーディネーターの資格を取った時です。それまでの経験に理屈が付き、知識となった瞬間でした。その頃やっと月兎印のドリップポットとV60、ハリオの電子スケール、筒形の電動ミルを手にします。当時スペシャルティコーヒーのお店は北九州にはほとんど無かったのでカルディで色々な豆を買っていました。コーヒーと砂糖の魅力に気付いたのもこの頃です。

20代後半の頃、私はミシュラン星付きの鮨屋で働いていました。職人ではなくマネージャーのようなポジションだったのですが、そこで初めて代金をいただきコーヒーを淹れました。

30代になり日産の工場で働き始めました。寮生活をしていたのですが、同僚にコーヒーを教えて欲しいと頼まれました。これが機となります。器具を揃えていざ!となった時、教えられませんでした。それまであまりにも感覚だけで淹れてきたので、今で言うレシピの概念が私には無かったのです。考えて悩んで、それが功を奏したのか同僚の理解力が良かったのか。半年後には同僚はV60だけでなくフレンチプレス、エアロプレスそして4杯だてもこなせるようになっていました。

その後カフェ運営の道に進むのですが、日産での経験が大いに役に立ちました。現在まで7店舗運営に携わりたくさんのスタッフにコーヒーの淹れ方を教えてきました。正直なところ、コーヒーを商品として提供できるレベルにまでスタッフを育てるのは簡単です。1日あれば事足ります。それはコーヒーへの理解や解釈を捨てオペレーションとして特化させたからです。ほんの数人、しっかりと教えて欲しいと申し出ていただきその時は懸命に教えてきました。今もどこかでお家コーヒーを楽しんでいただけていると思います。

腰を悪くし時間を持て余した今、こうやって培ったコーヒーの情報を発信できることは私にとって幸せなことなのでしょう。

コーヒーは難しくありません。豆のポテンシャルを最大限引き出すにはそれなりの訓練が必要なのは事実です。経験値がなければどうしようもありません。しかし「不味くない」コーヒーを淹れられるようになるには少しの理解力があれば十分です。本ブログのコーヒーカリキュラムは最低限以上の情報を書いていきます。ゴールはきっと人それぞれ違って然るべきでしょう。でもどのゴールに向かう人にも役に立つ知識だと思いますので、可能ならば是非、実践経験のバックボーンになるよう知識として蓄えていただけたら幸いです。

もう美味しくないコーヒーに悩むのはやめましょう。

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