抽出という現象
抽出は温度、湯量、豆の量、挽いた後の粒の大きさ、ドリッパーの形状、抽出時の水位(浸透圧力)のコントロールによって「レシピ」が構成されます。(美味しいコーヒーとはなんだろうか①、美味しいコーヒーとはなんだろうか②)レシピ、とまではいかなくてもこの現象を仕組みとして理解することで抽出への理解がずいぶんと深まり、再現性も高くなります。抽出の難しさは途中で抽出を止められない、つまり味見ができないことがまさに難点です。見た目では抽出濃度がさっぱり分からないのも同様に難点です。だからこそ訓練、という過程を必要とするのですが感覚と知識を一度得てしまえば、どこのお店の豆を買おうとも自分好みに淹れることが可能になります。
コーヒーとはどんな物質か
ここでいう「コーヒー」とは、カップに入った液体としてのコーヒーではなく、豆そのものを指します。コーヒー豆は、コーヒーノキという植物の果実(チェリー)の中に含まれる種子であり、果肉や粘着質の膜(パーチメント)に覆われています。この豆が焙煎を経て、抽出というプロセスを通じて私たちが日常的に楽しむコーヒーとして姿を変えるわけです。
この豆を焙煎して粉砕し水分を当てて抽出、つまりは成分が溶解されていくわけですが、どういう仕組みになっているかという事実は抽出するにあたってそのイメージはとても大切になってきます。コーヒー豆は主に繊維質の細胞で構成されており、その内部はスポンジ状の構造を持っています。焙煎(加熱)を行うと、豆の中の水分が蒸発し、繊維の隙間が広がります。焙煎が深ければ深いほどこの隙間は大きくなり、浅煎りの豆と深煎りの豆では、同じ1粒でも体積、重量や密度に違いが生じます。
また、焙煎の過程で炭酸ガスが生成され、このガスが豆の内部に閉じ込められます。挽いたコーヒー豆をお湯に接触させたときに膨らむ現象は、ガスが水分と置換されることで起きています。最近ではあまり聞かなくなりましたが、’抽出の際に膨らむ(アロマドームなんか言ったりします)コーヒーはより美味しい’と以前はよく言われていました。なんてことはない、焙煎直度で挽きたてであれば、ガスが抜けきっていないのでより膨らみやすいだけのことです。そのコーヒー自体のクオリティーや抽出技術とはあまり関係がありません。
焙煎されたコーヒー豆がどのようにして抽出液へと変化するのか、そのプロセスを理解することは、理想的な一杯を作る上で重要な知識です。ハンドドリップを例に取りながら抽出プロセスを分解していきましょう
蒸らす
「蒸らし」とはなぜ行うのでしょうか。蒸らしとは、抽出プロセスの中で最初に行われるステップです。このステップの目的は、コーヒー豆に含まれる過剰なガスを放出し、水分を均等に浸透させることです。
たとえば、新品の乾いたスポンジに急に水をかけた場合を想像してください。スポンジが水を吸収する前に水が流れてしまいます。これと同様に、コーヒー豆も最初はガスによって水を弾きやすい状態にあります。蒸らしを行うことでガスを除去し、コーヒー豆全体そして1粒1粒が均等に水分を吸収できる状態を作り出します。いわば抽出の準備ですね。濡らし、染みませ、溶け出しやすいように加熱する、つまり蒸らすのです。
抽出
蒸らしの段階が完了したら、本抽出が始まります。ハンドドリップにおける抽出であっても、浸漬状態をベースに進行します。つまり、お湯がコーヒー粉に浸透しながら成分を溶解していくプロセスです。
ハンドドリップでは水流によって押し流されるように抽出が進む、というイメージをお持ちの方がいらっしゃるかもしれませんが、抽出というのは原則浸漬状態下で行われます。ハンドドリップのような抽出方法は透過式とよばれ浸漬式(フレンチプレスなど)と区別されますが、その違いは。
抽出は原則は浸漬状態で抽出が進みますが、ドリッパー内上部、そして排出口付近では水位動きにより表面張力が働きます。この圧力がコーヒーの繊維に浸透圧として働きかけ抽出が促進されるのです。ガスの放出、ドリッパーの形状、流水速度、粒度の大きさのばらつき、などの要因が絡み合い浸透圧力の方向そして強さは乱れに乱れています。
過抽出
抽出は原則浸漬状態下で行われます。それは時間経過と正しく相関関係にあります。一定時間以降に抽出を行い続けると過抽出という結果に繋がります。コーヒーに含まれる苦味成分やえぐみが過剰に溶け出し、クオリティが著しく損なわれます。
過抽出を防ぐには、抽出時間と湯量を適切にコントロールすることが重要です。ドリッパー内に水を残したまま抽出を完了するのは、一見もったいないように感じられるかもしれませんが、逆なのです。一定時間以降はそういったネガティブな成分しか抽出されないのでそれを落とすことの方がもったいないのです。
目的の成分抽出後はネガティブな成分が抽出されるまでの時間で「出汁」の状態の抽出液で目標の水位まで希釈していきます。この一連の流れが抽出という行為です。
抽出中のイメージと出来上がった1杯のクオリティが合致し始めると、どこのコーヒー豆であれあなた好みの1杯に仕上げることが可能となります。(商品としてのコーヒー)