「美味しい」「売れる」商品には方程式がある

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差別化の一歩目


「美味しい」という感覚は、常に主観的なものであることは、すでに多くの人が理解しているでしょう。それよりもカフェを営む者にとって、真に頭を悩ませるのは「差別化」ではないでしょうか。他店にはない、しかも需要の高い看板商品があれば理想的ですが、それを見つけ出すのは生憎とそう簡単ではありません。アプローチとして、デザートのお皿やカップを統一し、盛り付けに独自の工夫を加えるなどで世界観を演出する。また原材料を特別なものに変更するなど、定番商品の出会っても差別化を図る方法は十分にあります。例えばカップやお皿をカラフルで可愛いものに統一する、砂糖を甜菜糖や黒糖に統一するといった工夫は、カフェ業界でもよく見られる手法の一つです。
工夫とは結果です。その過程を失敗と呼びます。失敗は損失でしょうか?「ストーリーを売れ」とよく言われますがストーリーを構成する根幹部は失敗談こそが最適です。言ってしまえば失敗とはネタ集めです。

定番商品の可能性

プリン、テリーヌ、ティラミス、チーズケーキといったデザートは、目新しさこそありませんが、角度を変えれば、安全に確立された需要がある定番アイテムといえます。これらの商品は、ひとひねり加えることで差別化を図る余地が十分に残されています。私でも実際に行えた実例を以下にご紹介します。

  • プリン:固めに仕上げ、和三盆を配合
  • テリーヌ:クーベルチュールチョコレートを特殊なものに変更、砂糖は甜菜糖を使用
  • ティラミス:古典的なイタリアンレシピを再現しつつも調整
  • チーズケーキ:クセを抑え、万人受けを目指したシンプルな味わい

まず言っておきたいことは、私は調理学校や製菓学校に通った経験もなければ、パティストリーで働いたこともないということです。レシピはすべてネットから調べたものを改良しており、それをひたすら繰り返しました。それでも「美味しい」という反応をいただけたのは、差別化の工夫とそれに伴うストーリー性が理由だと考えています。努力はひけらかすものではないかもしれませんが、本職でない私にとって努力かと言われれば実験に近かったのです。とんでもない失敗と呼ぶに相応しい結果もたくさん得てきましたが、その経緯すらストーリーの厚みになると思っています。

プリン

プリンには固め派と柔らかめ派が存在しますが、私が固めを選んだのは当時の流行に従ったまでです。差別化のポイントとして、個性的な卵やバニラビーンズを高級にする使用する方法はよくみられますが、そういうタンパク質の性質や凝固に影響を及ぼすような冒険は本職には決して及ばないし膨大な試行錯誤の時間を要します。更に原価は高くなり、スタッフへのレシピ共有も難しくなるかもしれないというデメリットがあります。そこで「和三盆」を加える(一部を置き換える)というシンプルな方法を選びました。この選択は結果的に功を奏し、「和三盆」という言葉の響きが多くのお客様に刺さりました。見た目や味わいだけでなく、ネーミングが持つ付加価値の力を実感できました。正直なんて便利なんだと思いました。

チョコレートテリーヌ

チョコレートは近年、多様性が広がりを見せています。ビーントゥバーのトレンドにより、酸味やクセが強い商品も増えてきました。しかし、良質なチョコレートほど好みが分かれる傾向があ理、さらに、有名ブランドのチョコレートを使うと原価が跳ね上がるという問題もあります。

私が注目したのは、カフェの卸業者が提供するチョコレートの種類が限られているという点でした。なので、あえて一般的ではない(あくまでその辺ではあまり使われていない程度)クーベルチュールを採用することで、わずかながらも独自性を確立しました。情報は本職の方にいただきました。)甜菜糖についてはまた別の機会に述べます。

ティラミス

ティラミス(日本に馴染みのある)を作る場合、ジェノワーズ(スポンジケーキ)の製法でまず躓きます。ですが、本場イタリアでは、ビスコッティにエスプレッソを浸して作るのが一般的なレシピです。まずこの点を再現することに注力し、さらにマスカルポーネクリームに砂糖を加えすぎないようにしました。ビスコッティはあえて市販のクッキーを使用しました。エスプレッソの吸収率を確保しつつ市販のクッキーならではのバターやわずかなバニラの香りも加わりとても親しみやすいティラミスだったと思います。クッキー自体がしっかりと甘いのでクリームの甘さを抑えたのはそのためです。

チーズケーキ

チーズケーキにはさまざまな種類がありますが、私は特定のスタイルにこだわらず、クセを抑えたシンプルな味を良しとしました。バスク、NY、スフレといった人気のスタイルには囚われず、テリーヌに近い滑らかな食感を目指したのです。

案の定お客様からは「チーズケーキは何系ですか?」とよく質問されましたが、「クセのない、チーズケーキらしい味わい」とまぁなんともいい加減な説明をしつつも、その無難さが功を奏しました。ちなみに、すぐ近くにチーズケーキ専門店があったのも一つの理由です。

ストーリーの力と「美味しいの方程式」

以上までをお読みいただいて、少しでも「食べてみたい」と思っていただけたなら幸いです。私のように素人に毛が生えた程度でも、それでも各商品にストーリーを持たせることで十分に魅力を高められると考えています。

もちろんストーリーには具体性のある根拠が必要です。「好きだから」という理由では説得力に欠けることがありますが、材料やレシピへのこだわり(理由付け)、ビジュアルなど、気を配る箇所を多角的に検証することで、商品としての価値を高めることが可能です。「情報を食べる」と比喩することがありますが、提供側は情報をうまく商品に織り交ぜていくことも技術の一つです。カウンターで調理をするような一流のシェフの方々は実に、自然にそういった作業をこなします。それが決して高価な食材だけではなく想いをのせたヌトーリーは十分に魅力的です。その実感が結果に結びついた時あなたの「美味しい」の方程式はひとつ出来上がっているのではないでしょうか?

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